1週間春のヨーテボリで過ごし ここウメオに帰ってくると うれしくもほとんどの雪が解けていた。
こんなにたくさんの雪がいつか解けるなんてうそだ・・・と思っていた日々も終わりです。
そしてその大量の雪は 解けて

畑の中に湖をつくっていた。
そして、渡り鳥たちでおおにぎわい。
最近また図書館で見つけて読んだ‘ニルスのふしぎな冒険’ を思い出した。
実際の地方に基づいていて、しかも鳥たちの目線で繰り広げられる冒険に 知っている地名もたくさんでてくることも手伝って、のめりこんで読んでしまった。
そして、その後 馬のいる牧場の上を少し低く飛んでいく渡り鳥の群れを見ると あ、また馬たちをからかって飛んでいくよ、と思ったりしてしまう。

さて、この雪がつくった湖の上で羽をやすめている渡り鳥たちを見にいこうと近づいていったのだが・・・
鳥たちは私に気づくと、ガアガアと鳴き叫ぶ。
人間だ 人間だ 人間が来るぞ と言われているようである。
私が近づく前に飛び去ってしまうので、全く近くで見物することができない。 人間に餌をもらって過ごしている鳥たちとは違って、人間に対して警戒心が強いようで、ああ、この厳しい大自然を旅してきたアッカ達のような鳥なんだなと思った。(アッカとはニルスと一緒に旅をしていたガンの隊長)
そしてまだ少し湿った足元を見ると なんと

春一番を見つけてしまった!
やっぱり やっぱり 春1番は黄色い花だった!
しかし、南のエーランド島に咲いていた春1番の黄色い花とは姿が違うが、日本で言う福寿草である。
待ち焦がれた春の花に出会った記念すべき日である。

足元には小さな生命が芽吹きはじめていた。 力強い凝縮されたような色から 生命力を感じる。
春なのです。
花を見るとわかりやすく春を感じるのだが
陽気は春なのに 花がないのは・・・どうもじれったい。
毎日地面に這いつくばってみるのだが、まだようやく雪が解けたところでぐっちょりした茶色い地面が見えているだけだ。
エーランド島では 春1番は黄色い花だった。さて、ここ北国でも同じなのだろうか・・・
そんなときに思いついたのは
春の花づくり。

ギュルビーバって名前の黄色い花。

スノードロップ(平面)

スノードロップ(立体)

そしてポスクリリー(日本で言う水仙。ここではイースターの花)
春の花を小さなピアスに。
これで春の花と共にお出かけが!
同じ日にある人から黄色いチューリップの花束を ある人から赤いチューリップの花束をもらった。
みんな花を待ちわびているようだ。
さて、次は・・・チューリップ・・・
春の花がどこかに出ていないかと 地面を見つめつつ歩いていると
きれいなものを 見つけた。


海にいそうな 山のもの

これは・・・春の色!
外に出ると まず 音がする。
春の音。
ちょろちょろ水が流れる音に耳を澄ます。雪解けの音。
日に日に種類が増える 鳥の声。
そして人々は新しい春の鳥を見かけると 報告し合う。
世界はこんなにも明るかったのかと 外へ出るたび目を細める。

ベルリンでは 冬の間中 散歩の犬達が道端にフンをして、そのまま放置しておいたせいで 今の時期 雪が溶けて道端は 恐ろしいほど犬のフンだらけなのだそうだ。
そんな話を思い出しながら歩いていた私は あまりの暑さに毛糸の帽子と手袋をぬぐ。
日差しがきつい。
そして昨日 今、最大規模にオゾン層が破壊されているというニュースを見たのを思い出した。 北極圏から~千キロ(数字はうろ覚えなので書きません)のスカンジナビア半島を含む 広範囲で破壊・・・とあった。ということは 今私は オゾン層に守られていないのか・・・ この目も開けられないほどの日差しになんだか納得をした。
最近 こういう見えない恐ろしいことを聞くにつれ 今までの危機感のなさや知識のなさ(その問題に対する興味のなさ)を改めて反省する。

歩いていくと 雪と雪の間から水が湧き出しているところを見つけた。
海も川も湖もどこもかも凍って その上に雪が積もって白一色の冬だったので、自然の水を見るのも大変久しぶりだった。 あの水たまりを見ても心が躍ったくらいなので この生きている水は見ているだけでおもしろく、この水がこの広い大地へ浸透し 生命力を宿して行く様子を想像しつつ 私はしばらく眺めていた。

はじめて編んだ ソックス。
しかも2重編み

手を入れてみるだけで 汗ばみそうなくらい。
ちっこい方は ラップランド訪問時に とりあえず編み方を教えてもらおうとテストで作ったもの。
ちなみに毛糸はアニカのお母さんが昔 植物染めで染めたもの。
大きい方は さっそく覚えているうちにと リアルサイズで編んだもの。
こんな立体感のあるものは編んだことがないので まだ片方しか編めていないけど 満足感にひたっているのです。