町でスウェーデンの赤十字も協賛して 日本に義援金を送るフォルクミュージック(民族音楽)のコンサートがあると聞いて行ってきた。
フォルクミュージックというものが どういうものなのかもわからぬまま 日本人はいるかな・・・どのくらいの人が来ているのかな・・・と思いつつ向かったのだが

入るとすぐ若い演奏家の子たちに出迎えられ なかなかたくさんの人がいた。日本人は私だけのようだった。
昔の映画館がコンサートホールとして使われているようで、とても雰囲気のある建物である。
はじまったとたん 大自然が目の前に広がるような音楽に包まれた。
私はニッケルハルパという民族楽器をはじめて知った。
彼らの奏でる音は血が騒ぐような何か不思議な魅力がある。
バイオリンも 私にはよくわからないが、いろんな種類のものがあるようで、種類によって響きも全く違う。歌とバイオリンがはもっている音は初めて聞いた音だった。彼らが曲紹介をする時、どこの地方の誰の曲と言ったりする。代々伝承されている音楽なのだ。きっと人が集まっていろんな場面で奏でられた音楽。音楽に乗ってトントンと大地を踏みならす足音がどんどん大きくなって体中に音楽がめぐる。
演奏者らの友人が日本に住んでいたり、自らも日本を訪れたことがあったり、まわりの観客の人々の会話を聞いていても、それぞれ ここにいる人達は何かしら日本に思い入れがある人達のようだった。
ここに このような思いが集まってすばらしい音楽が奏でられたことに とても感謝の気持ちでいっぱいになった。
1人のニッケルハルパ奏者の人が弾いた 「水」 という曲がとても美しかった。
自然の恐ろしくもあり、美しくもある、壮大さを感じさせられる1曲だった。
Water,Vatten (you tube リンクページ)
季節の変わり目ってのは徐々に 漂ってくるもののように思っていたのだが。
ここ雪国ではちょっとちがう気がする。
車に乗っていて 道に雪がなくなったのを見て 「春のサインね」と うれしそうに誰もが言う。
白い屋根の住宅地が真っ赤な屋根に変わるだけで 別世界のように見える。
まだ辺りは白い世界にしても。。。
夏時間になり 徐々に日が長くなった今の太陽の日差しは 雪の反射も手伝って目も開けられないくらい力強い。
それだけで あの冬の日々とは気分がちがう。春なのだ。
まだ花も咲いてないにしても。。。
今日は春のサインと言えよう そこらの 雪模様を集めてみた。

土と雪のストライプ

うろこ模様

太陽が雪の上に作る木の影絵

道の端によったタック

おおー 久しぶりの再会に歓声 水たまりドット
春はもう目の前
何やらもう使わないマテリアルがあるのでいるかと尋ねられ 同じ村の反対側に住む あるおばあちゃんのうちを訪ねる機会があった。
そしてテキスタイルに興味がある私に いろいろ彼女が作ったものを見せてもらった。
まずもう織りをしなくなった彼女が作っていたものは、

織りのようにも見える、刺繍だ。 織った方が早いのでは・・・と思ってしまうほど緻密な作業。
見渡すと部屋じゅうのテキスタイルは彼女によるもの。
カーテンはもちろん、飾ってある模様入りフキン、スツールをくるんである絵の織りも、ソファーの上のウールの布も、フサフサしたウールのカーペットもすべてだ。


フキンには必ずイニシャル。

白樺の根っこを編む工芸も、編み物も、レース編みもなんでも作ったおばあちゃん。
そして作りためてあるものを戸棚の中から出してきてくれたのだが・・・

驚くほどの刺繍の数々。そして手作業と思えぬ完璧な仕上がり。中には刺繍の土台でさえも手織りだったりする。

何メートルあるのか、クルクルきれいに巻いてしまってあるすかしの入ったカーテンに何枚ものきれいな模様の布地。もちろん端縫いもすべて手縫い。
そういえば 以前織り機をもらったときに うちに織り機を運んできてくれたおばあちゃんにあら、このカーテンあなたが織ったの?と尋ねられたのを思い出した。まさか~と答えたのだが、おばあちゃんたちにとって カーテンを織ったりするのは、日常的なことだったのだと今理解した。
ものすごい手仕事に囲まれて 途方にくれそうになった。どのくらいの時間があればこんなたくさんのものが作れるのか・・・
そうするとこれが昔の人々の生活だったのだという。手を止めていることなんてなかった人々。
こんな立派なものをただ戸棚にしまってあるだなんて・・・もったいない気がした。
彼女はテキスタイルの先生でもなければ作家でもなく、売るために作っているわけでもない。私のように自我の表現なーんて欲深いものでもなく、あくまで たんたんと ライフワークなのだ。
そして私がもらったマテリアルってのは 袋にいっぱいのいろーんな糸のはしきれだった。
コーンに巻いてある糸を想像していたから少しびっくりしたけど 彼女の歴史が含まれていてとても貴重なものをもらった気がしてうれしくなった。
彼女の部屋でひと際存在感を示していた絵を織ってある作品に 私はとても魅かれた。
このマテリアルはそれを作るのにはもってこいなので私も挑戦してみようと思う。

80歳を超える彼女は1人暮らし。 彼女はまたこの糸で何か新しいものができたら 見せに訪ねてきてちょうだいねと言った。 おばあちゃんはさみしい1人暮らしなので訪ねてきてくれるのがうれしく、私はいろいろ知らないことを学べるのがうれしいので良き出会いとなった。
そしてもうひとつ発見したことがある。
おばあちゃんが布をひと通り見せ終わったあと、お茶にでもしましょうかねえと言ってコーヒーをいれはじめた。コーヒーだけだと思ったのに、戸棚から次から次へと手作りのクッキーやケーキなどの焼き菓子が出てきてテーブルの上のトレイはまるで小さな洋菓子屋さん。そういえば この間隣のおじいちゃんおばあちゃんご夫婦の家にお茶に招待された時も 机の上は洋菓子屋さん状態だった。何種類も手作りのお菓子が並んだおもてなしに私は大喜びだったのだけれど、お年寄りがお茶するときはこうなんだって!
つくづく昔の人達の暮らしって・・・すごい。
私達はいろいろ開発して便利にして楽ちんになって、そのぶん得た時間があるだろうけど、失ったものに値する価値ある時間を過ごせているのだろうか。
おばあちゃんたちの時代は村中の人がどこかで血がつながっていると言ってもおかしくない。昔は行動範囲が狭いから出会いもせいぜい隣町くらいまでだったのだそう。でも、今ではおばあちゃんのお友達もほとんど亡くなってしまっている。 おばあちゃんの手仕事に囲まれたあたたかい部屋でこういう暮らしがなくなってしまうのかと思うとさみしく思った。
本日 ワッフルの日
そんな日が存在するなんて・・・ 日本で言うお彼岸のぼたもちか・・・

子供にとって いや、大人にとっても
うれしい日だ


この日を迎えるのも3年目かと思うと感慨深い。
セムラの日。
さすがに3年目のセムラは 大きさ柔らかさ風味がベストの仕上がり。

テレビで ヘルスカウンセラーが 健康的になるためにセムラを5個食べるといいと言ってたよと 聞いた。
それが本当なら私は喜んで健康になろう。