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2011-12-30

うさぎの島へ

年末、ずっと行ってみたかった島根へ家族旅行へ行こうと計画をしていたら・・・どうやらあちらへ行くにはチェーンもしくはスタットレスタイヤではないとだめだと聞き・・・

雪道への恐怖に負け断念!

そしてどこにも行かないつもりが、父の提案により急遽大久野島へ出かけることになった。

何やらうさぎと毒ガスの島らしい。。。

大久野島に行くには今治を経てしまなみ大橋を通って大三島へ。そこから船に乗り換えたった15分。

広島の忠野海からも15分程度。そう、この島は愛媛ではなく広島県なのだ!

橋を渡るのはいつでもどこでも、ワクワクする。晴天なら尚更気分上々。

あ、愛媛からみかんが出荷されている~

瀬戸内海に浮かぶ島々。穏やかな景色。

船が島に着くと・・・いるいる・・・うさぎがいっぱい!!なんとここは宿泊はできるものの、島民はなく、うさぎが250~300頭くらい住んでいる島らしい。(いつのデータかわからないので、実際にはもっといる気がする・・・)

まるで奈良公園の鹿のようにどこでもかしこでもうさぎが寄ってくる。不思議な光景。

ありとあらゆる色や模様のうさぎさん達。大きなおしりでぴょこぴょこ飛び跳ねている姿はかわいくて、うさぎ好きでなくても、ついカメラで追いかけてしまう。

そして、もう1つのこの島の顔は・・・悲しい歴史。

昔、ここは平和な民家が並ぶ島だったらしい。しかし、日露戦争時、芸予要塞として砲台が設置されていた。その砲台跡なども島のあちこちに残っている。そしてその後、戦争が進むなか、化学兵器の生産、主に毒ガスを作る場所とされた。ジュネーブ議定書などで、非人道的な毒ガスの使用を禁じられていたのに、その後も日本は大量の毒ガスを戦争で使用している。秘密で行われていたことなので、この島は当時の地図からは消されていたという。

あまりに悲惨で残虐な歴史が、こんな身近にあったことに驚き、そして、1日本人として大きく心に受け止めた。

ここで働いていた人、島の人々、多くの人々が犠牲になり、終戦後はこの島の汚染もひどく、除染のため大量のカルキが島中に撒かれ、この島の植物は枯れてしまったらしい。

しかしその当時が想像もつかないほど、ここにはすばらしい自然が広がっていた。

水のきれいなところでないと生息しないという海ホタルもこの島の近辺に多数生息している。この美しさは、きっと人間が住んでいないからなんだろうなあ・・・

島のてっぺんにある展望台に登った。

こんな上の方にもうさぎさんは住んでいる。

これはサンキライの実。至る所にきれいなプリプリの実がなっていた。

360度広がる瀬戸の海と島々。

日本じゃないみたい。

海が青くて澄んでいる。対岸に見えるのは広島。こんなに広島が近いなんてびっくりした。

大三島のことは知っていても今までこの大久野島なんて聞いたこともなかった。こんな近くにこんな素晴らしい自然と、そして忘れることはできない歴史、そしてうさぎの島があったなんて、目からうろこだった。

 

 

 

 

 

 

 

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